大震災の意味を考える 船井勝仁氏

(船井幸雄COM:「天津時代」の到来に向けて)より転載


●大震災の意味を考える 2011.4.21(第13回)船井勝仁氏


こんにちは。船井勝仁です。

 これからしばらく少し重いテーマですが、東日本大震災により私たちが何も学んだのか、また、何を学ばなくてはいけないのかについて考えていきたいと思います。

 私は神や仏というよりも、この世の中を形づくっている根本になっている大きな存在がいるのではないかということを確信しています。それは形になっていないものかもしれませんが、この世の中の大きな方向性や法則に関しては、その存在が決めているのだと思っています。

 その存在は、遺伝子の研究で有名な筑波大学名誉教授の村上和雄先生の言うサムシング・グレートであり、中国古典の考え方でいう天であり、前回まで紹介していたU理論の前田知則先生の言う梵(ブラフマン)です。もちろん、キリスト教やユダヤ教、イスラム教などの唯一神を信仰する宗教でいわれる神という存在にあたると思いますが、これからは村上先生の言われるサムシング・グレートという表現で話を進めていきたいと思います。

 今回の大震災を含めて、社会で起こる大きな出来事はすべてサムシング・グレートからのメッセージだと私は考えています。というよりも、自分の目の前に起こるすべての出来事は、大なり小なりサムシング・グレートからのメッセージであり、その時その時のそれに対する私たちの行動を通して、サムシング・グレートとの対話を繰り返しているのが私たちの人生なのだと考えています。

 小さなメッセージをたくさん送ってくれているのに、それに気づかずにサムシング・グレートの意と違う行動を繰り返していると、それではと、もっと大きなメッセージを送ってくれるのです。今回の大震災によって、被害にあわれた方や犠牲になられた方には大変申しわけない言い方になりますが、私たちひとりひとりが何か大きなことを気づかせていただいたのではないでしょうか。

 本当はひとりひとりが気づいていけばいいのですが、サムシング・グレートは我々がつながって一緒に行動することが大好きです。だから、ここで私なりのメッセージを発信させていただくことで、みなさんと一緒に彼のメッセージを考えていきたいと思っています。

 私は大震災から1ヵ月近くたった4月10日に山形のにんげんクラブウェルカムパーティーで講演するためにはじめて東北地方に行きました。そして、4月15日に、震災以来ずっと宮城県牡鹿半島の復活プロジェクトを立ち上げている佐々木重人さんにご案内いただいて、石巻市や女川町という被災地に行く機会をいただきました。現地の人々の力強い復興に向けたエネルギーを感じると共に、そのあまりにも悲惨な光景を目の当たりにして、言葉を失うと同時に何もできない自分の無力さを痛感して心が揺らいでいます。

 しかし、自分の力は限られていてひとりでは何もできませんが、サムシング・グレートの宿題を真摯に受け止め、私ができることをしっかりやっていく必要があることを強く感じています。

 私ができることは、現実を直視し、嫌な問題、めんどくさい問題から目をそらさずに認識することではないかと思っています。そして、それを大勢の仲間と共有させていただいて対話やよりあいを通じて一緒に考えていく機会を提供していくことではないかと思っているのです。今までは何か違うなと感じながら、目をそらしていた問題に真剣に向き合うことが大切なのです。

 4月18日の朝日新聞に掲載された原子力発電に関する世論調査の結果をみて愕然としました。原発政策を現状程度にとどめるという回答が51%、増やす方がいいが5%あり、現状維持以上を求める声が56%を占めました。福島原発の事故で原発が人間の制御できる技術ではないことが明らかになったのに、それに目をつぶり今までと同じような便利な生活を続けたいと言う人が半数以上いるのです。

 これでは、サムシング・グレートのメッセージを理解した事にはならないのではないでしょうか。個人的には福島の原発事故は現場で、命がけで最悪の事態を守ってくれた方々の献身的な対応で、これからみんなの叡智を結集していけば何とかなるのではないかと思っています。でも、だからと言って今までと同じような原発に頼る生活を続けていいとは思いません。現在の状況が安全かどうかからはじめて、私たちの生活に本当に原発は欠かせないのか、という問題を何回かこれから考えていきたいと思います。


船井幸雄COM「天津時代」の到来に向けて
http://www.funaiyukio.com/funaikatsuhito/

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